2017年7月刊『興隆の旅』中国・山地の人々と交流する会 著


『朝日新聞』2017年8月10日夕刊 

中国の山地の村々を訪ね、古老から日中戦争の証言を聞く一方で、現地の学校に教材を贈って子どもたちに授業をする。そんな交流を足かけ14年重ねてきた元教員らのグループが、活動の記録を本にまとめた。8月下旬に再び現地を訪れて手渡す。
 このグループは「中国・山地の人々と交流する会」。1997年から2010年までに河北省興隆県を11回訪問した。参加者の多くは小中高の教員経験者で、のべ227人に上る。
 興隆県は北京の北東の山地にある。かつて日本軍が中国共産党軍の進入を防ぐため、住んでいた人を強制移住させて「無住地帯」を設けた地域だ。
 元高校教員の仁木ふみ子さん(故人)が呼びかけて、会は発足した。初代理事長は教育学者の山住正己さん(故人)が務めた。目指したのは「歴史の現実を見すえて新しい友好を切りひらく旅」。カンパのほか外務省の援助も受け、現地の学校や図書館の新改築を支援。楽器や顕微鏡、算数セットを贈り、それらを使って授業をした。「子どもたちは食いつくように聞いてくれた」と千葉県松戸市の元高校教員、神惇子(じんあつこ)さん(74)は振り返る。
 村では古老に日本軍から受けた被害の話を聞いた。証言したのは計107人。「家族が無住地帯にいただけで殺された」「移住先で次々、病死や餓死した」……。重い話が語られた。「憎み抜く気持ちをためてきた」「日本兵が生きていたら連れてきてほしい」とも言われた。埼玉県新座市の元高校教員、田中祐児さん(68)は「返す言葉がなかったが、一生懸命に耳を傾ける気持ちは伝わったと思う」。
 会のメンバーも高齢化が進んで旅は終わった。13年に関東大震災90年のシンポジウムを開いたのを機に、旅の記録をまとめ、会報やテープをもとに証言者全員の話を盛り込んで本にまとめることに。「興隆の旅 中国・山地の村々を訪ねた14年の記録」(花伝社)として今夏、出版された。
 8月下旬、興隆県教育局に届ける予定だ。「証言した人は必ず『日本で伝えてください』と言った。本の形で伝えましたよと報告したい」と神さんは話す。

(編集委員・氏岡真弓)