2011年3月刊『中小企業政策と「中小企業憲章」』三井逸友

 

『企業診断』11 vol.58 評者 黒瀬直宏

 本書は第I部で中小企業研究のあり方を、第Ⅱ~V部で中小企業政策のあり方を論じている。これらが国際的視点によって横串されているところに本書の独自性があり、研究書としての価値を高めている。
 3章構成からなる第Ⅰ部の中心は第1、2章である。第1章では日本と欧米の中小企業研究史の取りまとめを土台に、中小企業が現代資本主義において構造的な問題性を課せられており、また、ポスト大企業体制の担い手として独自の役割が期待されるがゆえに「中小規模の企業」を他から区別して研究する意義があり、中小企業政策も必要とされると強く主張する。評者は近年何のために中小企業を取り上げているのかわからない研究が増えてきていることに危機感を覚えており、著者の主張に心底、同意する。
 第2章も同じく、日本と欧米の中小企業研究を論じるが、中小企業研究の「国際的位相」を描き出すことに力点が置かれている。日本の中小企業研究の国際視点からの位置づけ、欧米の研究者による日本の中小企業評価、そのもとになった(一部の)日本の研究者からの影響など、評者には新鮮であった。評者が名前しか知らない欧米の研究者の業績を読み込んでいることにも頭が下がる。
 本章の結論は、中小企業研究の流れが、日本における中小企業評価の視座であった「モダニズム」からの脱却を要請しているということであり、著者もそれを強く主張する。すなわち、中小企業集積における「柔軟な専門化」を評価する「フレキシブル専門化」論の中から、中小企業研究の視座を「構造」と「社会・地域」に置く点を発展させ、あわせて、中小企業政策の公準にもすべきというのである。中小企業問題論の復活と並んで「社会経済」視点に立つ研究・政策の必要性の主張が、本書のモチーフである。
 日本の中小企業政策史をレビューした第Ⅱ部は、著者の政策論上の立場を鮮明にしている。焦点は、「『市場主義』の呪詛に覆われた」1999年の中小企業基本法抜本改正である。政府は大企業体制の破綻には国家非常時的救済策で対処する一方、中小企業には市場原理イデオロギーを振りかざして多数の淘汰を強要した。これが基本法改正だという。旧基本法にあった「(中小企業の)不利是正」理念の消失がその象徴である。また一方、新基本法はベンチャー支援策を最重視する。だが、実像の瞬味なベンチャーに対する支援策を政策の旗印にするのは、「キャッチコピー以上」のものではなく、「市場主義」のイデオロギー的象徴でしかないと、舌鋒鋭く批判する。
 第Ⅲ部、Ⅳ部はEUの中小企業政策の研究であり、ボリューム的には本書の中心をなす。評者は著者以外にEUの中小企業政策に通じている人物を知らない。一般にはなじみのないEU中小企業政策の事実を知ることができるのが、この部分の第1のポイントである。
 著者もそれを意識してのことだろう、第Ⅲ部ではEU中小企業政策を1980年代から3段階にわけて丹念に迫っている。雇用の源泉としての中小企業振興、そのための各種不利の是正という姿勢を打ち出した80年代、それを政策統合によりさらに強化した90年代から、企業家精神の奨励や革新的な開発型企業への支援を強く打ち出し、産業政策に傾斜した2000年代への政策推移を描いている。
 そして、この政策レビューを通じて、一面では中小企業政策と産業政策の一体化による中小企業問題対策の希薄化に疑念を提示しつつも中小企業を軸とする社会経済体制の構築がEU中小企業政策の柱であり、中小企業の運命を市場任せにする新自由主義に陥っているわけではないとする。それを示すのが、2000年における"Think small first" 、 "Listening to small businesses"を理念とする欧州小企業憲章の制定であるとし、憲章制定の意義を明らかにしている。
 また、第Ⅳ部では中小企業の不利な取引関係の象徴ともいうべき「代金支払い遅延問題」への取組み、地域間格差を是正し統合欧州の「結束」を推進する地域産業政策、中小企業におげる「企業の社会的責任」推進の取組みについ忙も具体的、詳細に紹介している。
 第Ⅲ部、Ⅳ部はEU中小企業政策の小企業憲章制定への推移や中小企業問題への取組みを示すことにより、社会経済の核として中小企業を発展させ、そのために中小企業問題と格闘するところに中小企業政策の意義があることを主張した。これが第2のポイントである。
 そして第3のポイントが、小企業憲章が単なる理念の表明ではなく、憲章の掲げた政策がどこまで実施されたかを毎年フォローアップする作業を伴うものであることを示した点である。さらに、その実行性を高めるため、2008年には小企業議定書を制定し、具体的な課題や対応を欧州委員会、各国、関係機関に求める仕組みになったことも明らかにした。これは、「理念倒れ」に終わることの多いわが国公共政策に対する痛烈な批判にもなっている。
 著者は第Ⅴ部で日本における中小企業憲章の制定を取り上げ、これが1999年制定の新基本法の限界を示すものであり、憲章に含まれる中小企業存在の「社会的側面」への評価こそ、いまや中小企業政策の世界的公準になっており、憲章制定をきっかけに大企業中心経済のひずみをただす中小企業政策の進展を期待して本書を終えている。
評者は本書で、久方ぶりに中小企業を巡る本質的議論に出会えた。ぜひとも多くの人が本書を取り上げ、中小企業に関する本質論的研究を盛んにしてほしい。

中小企業季報 2011 No.3  大阪経済大学経済学部准教授 桑原武志

 本書は、「この15年間でのEU中小企業政策の発展過程のフォローにもとづき、これを世界的な次元での政策論として位置づけ、我が国での政策展開にまで及んできたかかわりあいをその枠組みのもとで理解しようとし」た(あとがき)ものである。全13章を、「第Ⅰ部中小企業研究の課題と中小企業論・比較政策論の方法」、「第Ⅱ部中小企業政策論と同時代的比較研究」、「第Ⅲ部21世紀EU中小企業政策の展開」、「第Ⅳ部EU中小企業政策の課題と実践」、「第Ⅴ部まとめ─21世紀中小企業政策と『中小企業憲章』─」の5部構成にし、巻末に「欧州小企業憲章」や「ボローニャ中小企業政策憲章」、そして2010年6月18日に閣議決定された日本の「中小企業憲章」等を資料として掲載している。第Ⅰ、Ⅱ部で日本の中小企業研究・中小企業政策を歴史的に振り返り、第Ⅲ・Ⅳ部でEUの中小企業政策の展開を分析して、第Ⅴ部では再び日本に立ち返って、中小企業憲章に焦点をあてて、今後を展望しているが、筆者は単純に欧米を「崇拝」、「お手本」にして比較しているわけではない(まえがき)。以下、部毎に、本書の内容を絞って紹介したい。
 まず、第Ⅰ部は「第1章中小企業研究の意義と課題、中小企業論の歴史と到達点」、「第2章中小企業研究の展開と国際的位相」、「第3章〈補論〉「社会的分業」と中小企業の存立をめぐる研究序説」から成るが、ここでは、日本の中小企業研究を、海外の中小企業研究との関連を踏まえて歴史的に整理・分析している。輸入学問に傾斜している日本の社会科学の中で、日本の中小企業研究が「中小企業問題(本質)論」という独自の展開を成し遂げている点を強調し、また、今後、新しい普遍的な視座を確立すべきだと主張する。
 第Ⅱ部は、「第4章中小企業政策の意義と1999年日本中小企業政策の「大転換」」「第5章〈補論〉中小企業政策の転換と評価──リビュー的整理と総括として──」から成るが、ここでは、日本の中小企業政策を歴史的に振り返りながら、特に、99年に全面改定された中小企業基本法の内容を批判的に分析している。
 第Ⅲ部は「第6章EU中小企業政策の展開過程」「第7章「欧州小企業憲章」と2000年代のEU中小企業政策」「第8章2008年SBA欧州小企業議定書と2010年代への展望」から成る。ここでは、まず、第1次オイルショックからの欧州経済の打開と雇用失業問題の解決の道から出発したEU中小企業政策の展開について検証し(表8─1 208頁)、2000年代に入って、雇用面そしてイノベーションの促進、欧州の産業と経済の飛躍的活性化を目指して産業政策色が強くなっている反面、中小企業自体に対する政策という意義が薄れているのではないかと指摘している。その点、特に、2008年に採択されたSBA「小企業議定書」の存在が大きな意義をもつとみている。
「欧州企業憲章」では、「Think small first」つまり「小企業を第一に考えよ」という理念が打ち出された。しかも、2002年には、「Think small first」の内実を問う「憲章具体化フォローアップ報告」が出され、中小企業の声を聞くことが求められた。2001年にはそれを実現化したものとして、中小企業の声を聞く特使「中小企業エンボイ」を設置している。また、SBA「小企業議定書」では、「Think small first」の原則に沿った諸規則を測定することや官公需への中小企業の参加機会の推進など、欧州委員会・各国関係機関に対し、具体的な課題や対応を求めている。
 第Ⅳ部は「第9章欧州での「代金支払遅延問題」と是正策」「第10章地域政策・地域イノベーション戦略と中小企業政策」「第11章EU中小企業政策と企業の社会的責任、社会的課題」「第12章中小企業政策における政策評価 ──EUでの経験から──」から成る。特に、第10章では、EU中小企業政策が、90年代以降、地域政策との関わりが強まってきたことに注目している。90年代中頃から、「地域イノベーション戦略」が、不況地域や低開発地域において、地域中核的開発機構とビジネスイノベーションセンターを中心にすすめられたが、依然として地域間格差が大きく、掲げた課題と目標がなかなか到達できなかった。そして、2002年代半ばから、企業・産業総局等を軸として「クラスター政策」が新たに進められているが、この流れが「めぐりめぐっての日本の『産業クラスター』『知的クラスター政策』への接近であるとも言い難い。むしろ同床異夢の観をぬぐえないものとせねばならない」と指摘している(259頁)。
 第Ⅴ部は「第13章2010年日本版「中小企業憲章」の制定」のみで、筆者もこの構成員であった中小企業庁「中小企業憲章に関する研究会」によって検討された結果、2010年6月18日に「中小企業憲章」が閣議決定された。この憲章について、筆者は、特に、第1に、中小企業の声を聞き、どんな問題も中小企業の立場で考え政策評価につなげる「基本原則」のスタンス、中小企業への影響を考慮し政策を総合的に進め、政策評価に中小企業の声を生かす「行動指針」が明記されたことを評価する。この点は、筆者も指摘するように本書で紹介されたEU中小企業政策と共通するところである。第2に、99年基本法改定の際、中小企業の組合団体等による組織化が著しく軽視されたが、本憲章では「中小企業組合、業種間連携などの取り組みを支援し、力の発揮を増幅する」と明記されたことを評価している。また、本憲章づくりを通じて、実際に諸団体が立場を超えて議論し、憲章制定へ向けて活動を展開したことをもって、今後、共同して政策実現を果たしていく可能性が生まれたとみている。そして、今後、本憲章の理念と課題を各地域の実情、地域の経済・産業・社会状況に合わせて具体化し、実践していくことがなにより重要であると主張している。
 以上、本書の内容を絞って紹介したが、国際的な視点から中小企業政策を本格的に論じたものがあまり多くない中、本書は、筆者のいう戦後日本中小企業研究における「第四世代」「第五世代」の研究者(33頁)にあたる若い研究者が、今後、研究を進めていく上で非常に有意義なものだといえよう。以下、2点コメントしたい。第1に、EU中小企業政策が、地域イノベーション・クラスター政策中心色を強める一方で、「欧州小企業憲章」を制定して、中小企業の意義を問いながら小企業対策を推進しており、結果として、非常にバランスがとれたものとなっているようであるが、それはなぜ可能なのか。第2に、EUでは、イノベーション・クラスター政策以外の中小企業政策の取り組みは、各地域の地自体等でどう展開しているのであろうか。EUレベルの「小企業憲章」や「小企業議定書」が地域ではどう具体的に実現しているのかを知ることは、日本の地域にとっても有意義なことになると思われる。

 

「中小企業家しんぶん」2011年4月15日  中同協中小企業憲章・条例推進本部副本部長 杉村征郎

 三月末、素晴らしい本が発行されました。著者の三井逸友横浜国立大学・大学院教授は、「中小企業憲章」閣議決定に深く関わりました。昨年まで日本中小企業学会会長を務め、この間、ロンドン大学、ケンブリッジ大学の研究員、キングストン大学の客員教授など歴任しながら、アイルランド、英国北東部の調査研究も続けています。日本におけるEU(欧州連合)中小企業政策研究の第一人者です。 
 同友会の中小企業憲章制定運動では、2002年愛知同友会欧州中小企業政策視察や2008年中同協中小企業憲章ヨーロッパ視察でのコーディネーター、2003年第35回全国総会(福岡)で憲章を最初に提起した分科会の報告者などや、私たちの「中小企業憲章草案」の内実を深めるためにも、多大な役割を果たしていただきました。
 本書は、第一部から第五部、全十三章からなる418ページの大作です。ご自身が約十年間、憲章と関わった責任として「いま語れる」ものをまとめたとしています。その姿勢は「現実の経済社会と中小企業の姿を、学問的かつ実践的諸議論、諸研究に位置づける」ために、他の論文に優先して上梓したところにあります。
 内容は、EUと日本の中小企業政策論、その意義と課題、歴史と到達点、世界と「一週遅れになってしまった」日本の中小企業政策、欧州中小企業議定書の紹介、日本の経済社会の未来にとっての中小企業の役割など、実態と今後の課題を2000年代を中心に縦横に比較検討した労作です。
 先生は、人間の限りない可能性に目を向けない市場絶対の原理主義でなく、公平で豊かな社会を築くことは「なんら夢ものがたりなどではなく、きわめて現実的な道筋であり、また世界が避けては通れないものである。21世紀の『世界』は、ここに中小企業政策の普遍的意義を共有しようとしている」と結びます。
 本書は、豊富な「資料」、763もの「付注」があり、辞書的にも役立ちます。「中小企業憲章」の理念と実践を志す者の座右の書としたいものです。

 

毎日新聞 2011年8月29日 東京朝刊 「ひと」

ひと:三井逸友さん=「中小企業憲章」の定着を訴える
◇三井逸友(みつい・いつとも)さん(64)
 昨年6月18日、閣議決定された「中小企業憲章」生みの親の一人。「意欲ある中小企業が新たな展望を切り開けるよう、中小企業政策の基本的考え方と方針を示した」と意義を強調する。
 中小企業を研究テーマとし、いち早く欧州小企業憲章を紹介、中小企業団体などと一緒に日本での制定を訴えてきた。憲章を公約した民主党に政権が交代し、経済産業省の憲章研究会委員も務めた。
 戦後長らく、中小企業は弱者救済策の対象とばかり扱われた。高度成長を経て中小企業も力をつけ、ベンチャー企業も含め、一転して「競争の担い手」と位置づける中小企業基本法改正(99年)が行われた。これには「市場任せの考え方に流れすぎた。公正な競争のためには、依然として大企業との取引条件など中小企業が抱える『不利』な状況の是正が必要だ」と批判的だ。
 憲章を実効あるものとするため、政策評価・検証と自治体の役割の重要性を指摘。一部自治体ですでに制定されている「中小企業振興基本条例」をさらに広げるよう訴える。
 労働経済が専門だったが、大学院時代、中小企業の調査を手伝ったのがきっかけで転進。来春の大学の定年退官を前に、研究者人生の一区切りとして「中小企業政策と『中小企業憲章』」(花伝社)を今春刊行した。土曜午後に若い研究者や院生らが自由に議論する研究会も主宰。「次世代への研究の“事業承継”も大事です」<文・岸井雄作/写真・小林努>

 ■人物略歴
 長野県生まれ。慶応大大学院博士課程修了。01年から横浜国立大大学院教授。07~10年、日本中小企業学会会長。